人気の再開発エリア、居住者のつながりをつくる挑戦 ──川崎市中原区武蔵小杉・再開発地域のコミュニティーづくり(前編)
20〜30年後のまちをイメージして、持続可能なコミュニティーをつくる
行政からは川崎市まちづくり局がコミュニティー形成を促してきたが、2013年度より、居住者に近い組織である中原区に「地域コミュニティ強化担当」が設けられた。これにより、居住者が主体となって活動しながら区がコミュニティーづくりをサポートする体制ができあがった。
地域居住者、商店街事業者、企業、学識経験者、行政が一緒になって地域の課題と持続可能なコミュニティー形成について議論する「武蔵小杉駅周辺地域連携推進委員会」を立ち上げた。さらに、2014年度は更にワーキンググループやビジネスコミュニティ検討会等の部会を発足させ、より具体的な議論を進めるとともに、コミュニティフォーラムを開催し、区民に対してコミュニティー形成に向けた取組や地域の活動事例を発信している。
中原区役所まちづくり推進部の東伸享さんは「まちの長期的な課題を整理し、20年、30年先のこのまちの姿をイメージしたうえで、いまどのような取り組みが必要であるか考えなければなりません」と語る。
「居住者の入れ替わりが激しくなればコミュニティーは希薄化するし、転勤や進学などで転出者が増え転入者が減れば人口減少、高齢化が進みます。今後のまちの課題を分析しながら、持続可能なコミュニティーの形成と武蔵小杉駅周辺地域の人たちが住み続けたいと思う魅力あふれるまちづくりに向け、地域が一体となって検討をはじめたところです」
中原区役所まちづくり推進部 東伸享さん
マンションの居住者は、当然ながら互いに見知らぬ者同士。しかも、フロアごとにセキュリティがかかるようなプライバシーの確保された空間のタワーマンションでは、なおさらコミュニティーができにくい。
こうした地域においては、今後の地域を構成する主体・関係者の地域への関与や、コミュニティガバナンスの在り方を探りつつ、地域が一体となった取り組みを行うことで、地域の主体・関係者の間で協力関係が構築できる。それにより、居住者のまちへの愛着、誇りが生まれ、地域にふれあいと交流が創出され、住みやすいまちづくりにつながるのではないだろうか。
中原区のコミュニティー形成事業に協力する株式会社富士通総研(以下FRI)の上保裕典さんは「地縁型ではなくテーマ型のコミュニティーづくりが必要」と話す。
株式会社富士通総研の上保裕典さん
「多くのみなさんが共感できる価値、関心を寄せるテーマは〈子育て〉と〈防災〉であり、子育て世代のライフスタイルに合わせた〈安心・安全なまち〉というコンセプトが浮かび上がります。そうしたテーマのもと互いに顔の見える関係になってくれば、20年、30年たつとおのずと地縁型のコミュニティーも生まれてくるはず。まちとして成熟してからでは遅いので、今から準備しておく必要があります」
武蔵小杉駅周辺地域の場合、再開発をリードする特定の企業があるわけではなく、複合商業施設のテナントをはじめ、多種多様な企業がおのおのの立場で地域に関わっている。そのためまちの特色が出にくいが、これも上保さんによれば「共有できるテーマ、価値観」を議論して探るのが望ましいという。
「いきなりイベントを新しくやろうとしても、なかなかまとまりません。だけど、たとえばある企業が独自に実施しているボランティア清掃活動に、他の企業やマンション居住者も参加してみるといった、すでに行われている個別の取り組みを広く伝播していく手法が、コミュニティー形成のきっかけづくりには有効です」
そういう意味では、武蔵小杉駅周辺地域ではエリマネを中心として、各マンションや企業をつないで活動の場づくりをし、徐々にそのコミュニティーを広げつつある。
一連の取り組みによって、武蔵小杉周辺地域はどのようなまちになっていくのだろうか。上保さんに聞くと次のような答がかえってきた。
「私は、本当の意味での『スマートコミュニティ』が武蔵小杉周辺地域で実現するのではないかと考えています」
武蔵小杉駅周辺地域で本当の「スマートコミュニティ」を実現したい
「スマートコミュニティ」とは、新しい電力制御技術とICTを組み合わせたエネルギーの有効活用をはじめ、市民の利便性・快適性の向上、安全・安心の確保を目指したまちづくりのことを指し、近年、まちづくりの領域で注目を集めている考え方だ。
社会インフラとしてICTの発展、普及が進んでいることを背景として、武蔵小杉駅周辺地域のように大規模な再開発をおこない、最新のICT設備を完備できるエリアを中心に、その取り組みが加速している。
しかし、その実際について上保さんは「インフラの検討が先行してしまい、居住者が実感できるような『生活価値』の検討が後回しになりやすい」と現状分析する。
「居住者が地域に愛着を持ち、ここで住み続けたいというようなことを感じていなければ、結局、いくら良いインフラが整備されても、同じ状況だと思います」
一方で、武蔵小杉駅周辺地域は再開発による利便性等が注目されているが、それと並行して中原区やエリマネ、町内会・自治会等が中心になってコミュニティー形成や、まちの魅力づくりも同時に進めている。
まちなかの防犯上の死角を探す、地域安全マップつくりの様子
(提供:NPO法人小杉駅周辺エリアマネジメント)
上保さんの言葉を借りれば「居住者が地域に愛着を持ち、住み続けたいと思えるような『生活価値』を創出している」のだ。そのことを踏まえて、上保さんは次のように期待を語った。
「今後、この取り組みを通じてもっとコミュニティーの形成、まちの魅力を高めるための『地域ニーズ』というものが顕在化してくると思います。今度は、それをどのようにハード整備に反映していけるのか。ソフトとハードを一体的に考えて進めることができれば、真の『スマートコミュニティ』がここ武蔵小杉で実現できるはずです」
一方で、武蔵小杉駅周辺地域と同様に、地域コミュニティー形成に取り組んでいる地域は多い。しかし、全てがうまくいっているわけではないのが実情だ。上保さんは次のような失敗要因を挙げた。
「それは中心的存在の不在。阻害要因としては、地域にいる居住者や自治体、企業といった、さまざまな主体をまとめつつ、それぞれを結びつける中心的存在がいないということが挙げられます。その点、武蔵小杉駅周辺地域の場合は開発当時からエリマネが関与しており、地域の居住者だけでなく、地域の多様な主体が相互につながりつつあります」
マンションのフロア交流会はコミュニティー形成の第1歩
コミュニティーをうまく形成しつつある武蔵小杉にも差し迫った課題があると安藤さんは語る。それは、「コミュニティー活動を運営する担い手の発掘」だ。
「マンション居住者の大勢を占める30〜40代の子育て世代は働き盛りで多忙ですから、コアメンバーは少ないのが現状です。仕事と生活優先は当然のこと。強制はできません。お願いの仕方も『できる範囲で結構ですからご協力いただけませんか』となる。新しいマンションができたときに、コミュニティーづくりに関心のある方々といかに出会えるか、それが今後重要になってきます」
3月に行われた、こすぎ防災フェス2015の様子。災害時の非常食をつくるワークショップが行われた
(提供:NPO法人小杉駅周辺エリアマネジメント)
たとえば、〈子育て〉と〈防災〉というキーワード。また、子どもが参加するスポーツイベントやコスギフェスタをきっかけに親同士の交流がはじまることもある。
東日本大震災以降は、武蔵小杉駅周辺地域の各マンションで「フロア交流会」が盛んになっている。「フロア交流会」とは、同じ階に住んでいながら普段交流がない居住者同士のつながりを生むための交流会だ。これは、いざというときに見知らぬ隣人では助け合えないので、防災委員が音頭を取って、せめて同じフロアで顔なじみになろう、というタワーマンションが建ち並ぶ、この地域ならではの独自の取り組みだ。
こうして、ご近所づきあいがはじまり、コミュニティーづくりへの身近な第1歩をまず踏み出しているのだという。
再開発で新たな人口が流入する都市部では、過疎化が進む地方部とはまったく違ったまちづくりの課題を抱えている。時にはコミュニティーそのものをゼロから築き直さなければならない。カギは、多くの居住者が「自分ごと」として共感できるテーマを見つけることにあるようだ。武蔵小杉駅周辺地域が取り組む地域コミュニティーを基盤とした安心・安全なまちづくりは、日本における将来の都市像を考えるにあたり、貴重な示唆を与えてくれる。
人気の再開発エリア、居住者のつながりをつくる挑戦 ──川崎市中原区武蔵小杉・再開発地域のコミュニティーづくり(前編)
関連リンク
NPO法人小杉駅周辺エリアマネジメント
平成25年度小杉駅周辺の新たな魅力づくり推進事業報告書(概要版、PDF)