地域の知を育み、市民とともに育つ図書館へ——長崎市立図書館の共創型図書館づくり(前編)
図書館の持つ本質的な役割は変わらない
「情報が複雑になるなかで、どうやって自分の考えを広げて考えられるか。そして、判断する軸をつくるか。図書館というメディアにおいて、本だけではなく、人の経験をかけあわせたり、対話のなかで新しい発見があったりすること。それを見つけていくのが図書館情報サービスです。みなさんと一緒に私たちも考えたい、そう思って今日のワークショップを企画しました」
この日のワークショップの趣旨をファシリテーターが説明した。長崎市立図書館の司書自らがファシリテーターを務める。2016年1月に開かれた「図書館で考える 暮らしと子育てワークショップ」の一場面で、図書館内にある「こどもとしょかん」に複数人の「お母さん市民」が集まり、世代を超えたコミュニケーションがとられた。
ワークショップ参加者の反応はどうか。
図書館のチラシでワークショップ開催を知り、2015年9月から参加するようになった伊藤成美さんは、現在育児休職中。ワークショップ参加に限らず、週に1回ほどの頻度で図書館を利用している。「これまでは基本的に本を借りる場所だったのですが、それにプラスして、ここではふだん出会えない人とのつながりが築けます。それが新しい情報にもなるので、図書館の新しい価値を感じています」。育児中であるがゆえ、外の人と接する機会がなくなっていくなかで「図書館が次第に大事な場所になってきている」とも話す。
お子さんと一緒にワークショップに参加されていた伊藤成美さん
アートプロジェクト関連のワークショップにボランティアとして参加したことをきっかけに、司書から誘われ参加した阪井紀久子さん。開館間もない頃から図書館を利用している1人だ。「私の時代は育児をするにしても、これさえ読んでおけば大丈夫、というようなバイブルがありました。しかし今は、情報が多すぎるので、お母さんたちも悩んでいると思います」。新しい価値を持つ図書館に対しては「インターネットもあるし、情報に近づく手段は変わっているけれど、図書館の持つ本質的な役割は、本当は変わらない」と感想を述べた。
「図書館の本質的な役割は変わらない」と話す阪井紀久子さん
図書館に「組織マネジメント」を導入する
2013年の「Media Literacy Workshop」以降、ワークショップのファシリテーターを任されるのは、基本的に図書館の司書たちである。「図書館ではかねてから講演などを開催していますが、落としどころがある程度決まっている講演会などと違って、ワークショップでは参加者がどんな反応をするのかわからない」と下田さん。「市民との対話から図書館に求められる価値や機能を考える」という点でも、司書の育成にも役立っている。
長崎市立図書館では、2008年の開館に伴い、地元から職員を採用した。しかし司書の資格を持っていても実務経験が浅い人が多く、開館当初から予想以上の作業量で、それをさばくことだけで精一杯の状態だったという。
「せっかく機械の導入によって貸出・返却、本の仕分けの自動化が進んでいるのだから、司書には“人じゃないとできないこと”をしてもらいたい」(下田さん)
図書館のバックヤードでは自動化が進んでいる
そうした考えから、下田さんは開館から5年間、レファレンスサービスの向上など、司書の技術向上に注力した。その後、2013年頃からデザインチームと協働したビジョンデザイン&サービスデザインがスタートしたのだが、2015年度からは「たくさんの仕事に追われ、組織の一員という意識が希薄な状況では、新しい図書館づくりもままならない」と、組織マネジメントの強化に乗り出している。
教育的観点で注目される「サービスデザイン」のアプローチ
新たな組織では、総括責任者である下田さんのもと、サブマネージャー1名、サービスディレクター2名が配置されている。開館当時から在籍する司書の2名にも話を聞いた。
司書でサービスディレクターも務める黒岩綾香さんは、ご自身の育児の経験から、変わりつつある図書館を次のように見つめる。「自分に子どもが生まれて、これまで図書館を中心に考えていた自分の仕事が、地域・社会のなかでどんな役割を果たしていくべきなのかと思いました。社会のなかで子どもを育てていくという視点になったとき、『図書館って何だろう』と考え直したんです」。
司書の矢口育美さんは、入社以前から、海外の図書館について見聞きしていた。「自分が司書として入ったとき、思っていたものとどこか違うところがありました。そして育児休暇から戻ってきたところで、図書館変革が進んできた。図書館がこのままではいけない意識は常に自分のなかにあり、そうしたタイミングでやってきたメタデザインや富士通デザインの方々は、今まで出会ったことのないタイプの人たちだった」。
開館当初から在籍している長崎市立図書館司書の矢口育美さん(左)、黒岩綾香さん(右)
図書館と共創活動に取り組む富士通デザインのメンバーも、司書の変化を感じ取っている。
「図書館はトラディショナルな世界。通常のビジネスの場では伝わるものも、従来の図書館の作法とはかけ離れていて伝わりにくい部分があります。でもリーダーを中心にどこかのタイミングで『よし、試しにやってみよう!』と気持ちが切り替わってくれたようで、意識の変化を感じます」(富士通デザイン森下晶代さん)
一方で同社の鈴木偵之さんは、共創型サービスデザインの可能性について、こう話す。
「かつてはモノのデザイン、コトのデザインといわれ、次はヒトのデザインともいわれています。では、ヒトのデザインとは何なのかというと、課題解決へのアプローチやスキルの可視化のこと。それをやっているのが共創型図書館プロジェクトです。共創型サービスデザインのアプローチはふだんのビジネスでも使っているけれど、お客さんから得られるのは『このアプローチを自社でもできるようになりたい』という反応。教育的な視点で見られているということです」
富士通デザイン株式会社の鈴木偵之さん(左)、森下晶代さん(右)
ビジョン実現のための「3つのイノベーションデザイン」
長崎市立図書館のPFI契約期間は15年間。2008年1月のオープンから8年が経過した現時点は、ちょうど折り返し地点を過ぎたあたりだ。
当初のビジョンを実現するため、下田さんは「3つのイノベーションデザイン」というプランニングを持っていた。それは、図書館に限らず、あらゆる公共施設の変革に通じることがあるものだ。
○組織のマネジメント機能
現状=図書館のハコと職員を維持するために、事業が存在する(成長がない集団)
→ミッションや戦略に対し、組織・人材・予算が配分される企業体としての図書館○新しい司書をつくる人材育成
現状=資格を拠りどころに、理念を持たない。時間に縛られる事務労働者
→司書は、常に自己評価して日々研鑽に努める。成長し続ける専門家○図書館情報サービス
現状=情報のゲートウェイ。図書館利用の利便性向上、課題解決型レファレンスの充実
→情報から知識への内面化を支援する。知的発見を推進するサービスへ
3年の歳月をかけ、これらのプランを着々と遂行し、現在は図書館のゾーニングの見直しなども進んでいる。「やっと準備が整ったというのが正直な感想」と下田さん。そんな下田さんは、最重要視する「司書の将来像」についてこう話す。
司書の将来像について語る下田さん
「長崎のまちを元気にするために、公共図書館は「知」の資源を活かし、核となる存在でいたい。司書によるサービスの対象は図書館の利用者だけでなく、市民全体だと意識することで、もっと「知」でつながる事例が生まれてくるし、司書1人ひとりも資源として、自分の名前で仕事ができる存在になるはずですから」
『大辞林』によれば、司書とは「図書館法に基づき、図書資料の整理・保管・閲覧などに関する専門的事務を行う者」のこと。しかしこの取材をとおして感じた「これからの司書が果たすべき職能(職業に必要とされる固有の能力・機能)」は、辞書に載っているものだけとは限らない。「子どもたちが大人になるころには、65%の職業がなくなる」といわれることを鑑みれば、それはすべての仕事に言えることでもある。これからの時代に求められるのは、日々アップデートされる“職能”に対応できる人材に他ならないのだ。
人と情報、人と人とをつなぎ、新しい知を紡ぎだすこと。それがこれからの司書に求められる職能なのかもしれない
地域の知を育み、市民とともに育つ図書館へ——長崎市立図書館の共創型図書館づくり(前編)
【関連リンク】長崎市立図書館
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