想いを持つリーダーと、それを支えるフォロワー
編集部・武田(以下、武田) 4年目を迎えた「あしたのコミュニティーラボ」の直近の特集は、「社会課題は誰が解決するのか?」。「企業には何ができて、何をしていくべきなのか」をテーマに、さまざまな事例を取り上げました。
- ・岩手県ゲームノミクス研究会:県庁職員有志が立ち上げた、ゲームアプリ「Ingress」による地域活性の事例
- ・ヤフーの復興支援室:企業によるビジネスを通じたサステナブルな被災地復興支援事例
- ・日本財団のわがまち基金:財団×金融機関による、被災地のソーシャルビジネスをサステナブルに支援するプロジェクト
- ・神戸市のオープンガバメントの取り組み:市民参加による開かれた行政運営を推進し、高度な地域課題の解決に取り組む先進的なチャレンジ
- ・オムロンベンチャーズ:イノベーションを起こし得るベンチャー企業を支援する大企業発のベンチャーキャピタルの取り組み
- ・NPO法人Homedoor:ホームレスからの脱出を後押しする、持続的な社会課題への取り組み事例
廣瀬 文乃(以下、廣瀬) (サイトを見ながら)非常におもしろそうな取り組みが多いですね。
一橋大学大学院国際企業戦略研究科 特任講師 廣瀬 文乃さん
武田 はい。今回の特集は、読者のみなさんからの反響も多く、好評でした。そのほか、パナソニック有志の会・One Panasonicなどは、特集テーマにも即した優良事例でした。取材を通じて感じたのは、「強い思いを持った“キーパーソン”がコトをスタートさせている」ということ。そういうキーパーソンは、活動に苦労が伴いながらも、思いきり楽しんでいるようにも見えました。
編集部・浜田(以下、浜田) 私は企業や団体のなかに、熱さを持っている人と、冷静さを持っている人の両方がいて、両者がチーム内で互いを補い合っているという印象を受けました。One Panasonicも、代表の濱松誠さんと広報部門の則武里恵さんがうまくフォローし合ってきたことが、今の成功につながったようです。
One Panasonic結成の日、交流会に参加した写真と大坪社長(当時)(提供:One Panasonic)
武田 佐々木さん(富士通総研)は、日頃はコンサルタントとして活動されており、あしたラボ編集部が主催する「さくらハッカソン2014」などのイベントではモデレーターを務めています。どんなことが印象的でしたか。
編集部・佐々木(以下、佐々木) 今の浜田さんのお話にあった、リーダーを支えるフォロワーの存在はとても重要だと思いますね。あしたラボに限らず、新聞・雑誌・ネット記事などで大きく取り上げられるのは、たいていの場合、行動力のあるリーダーのみです。しかしその陰には、記事には登場しない“フォロワー”が存在している。日本だとリーダーやフォロワーが偶発的にしか生まれないところがあり、そうした役割分担を決めるにしても、お互いが気を遣い、結局シュリンクしてしまうことが多いと思います。
あしたのコミュニティーラボ編集部 佐々木 哲也
武田 廣瀬先生は知識をつくり実践する経営を研究されていますが、「リーダーとフォロワー」という観点ではどのように思いますか?
廣瀬 知識創造理論は、組織的に、つまり人と人、人と環境の関係のなかで知をどうやってつくるか、ということが研究のテーマです。組織のなかの人と人との関係で重要になってくるのが、リーダーとフォロワーの関係だと思います。私が卒業した一橋大学ICS(国際企業戦略研究科)のMBAコースを例にとると、60名弱の学生が集まるのですが、プログラムのはじめに行うのが高尾山でのキャンプなんです。そこでカラダを動かしながら1泊2日でチームビルディングをやってもらう。カラダを動かしながらコトにあたるうちに、チームの役割分担が見えてきます。自分がリーダーに向いているのか、それともフォローする側にまわるべきなのか。場面ごとに自分を見つめ直すという意味で、とても効果があります。
佐々木 おもしろい試みですよね。自分にリーダーの資質がなかったときに、それはいったん諦め、目の前のリーダーをサポートする「フォロワー」になる。そうしたフォロワーシップを養う機会も、これからの日本には必要なのかもしれないと感じます。イノベーションには、あまり表には出てこないフォロワーの果たす役割は大きく、フォロワーがいてチームが維持・拡大することが多々あるのですから。
役割と居場所を与えるのが、場づくりの秘訣
あしたのコミュニティーラボ編集部 武田 英裕
武田 もう1つの“気づき”は、多くの取材先で、メンバーとコミュニケーションをとるにあたり“オフライン”と“オンライン”のバランスをうまくとっていたこと。SNSのようなオンラインのつながりだけでは、やがて関係が弱まってしまう。そこで人と人とがリアルに対面できる場をつくっているんです。実にオープンな場で、出入りも自由。「来られたら来てください」くらいのゆるさを持っているのが特徴的でした。
佐々木 リアルな場をつくったプロジェクトとしては、あしたラボでも、2014年~15年度、大学機関・学生と取り組んだアイデアソン(あしたラボUNIVERSITY)を行いましたよね。
廣瀬 どのような目的で企画・運営されたのですか?
浜田 あしたラボUNIVERSITYは「富士通グループをはじめとする社会人と学生がもつアイデアを掛け合わせ、新たな価値を生み出す」、そして「学生が全国の仲間たち、ビジネスパーソンとつながり、身近な社会課題を解決するプロセスを学ぶ」ことを目的とした取り組みでした。
2014年あしたラボUNIVERSITYアイデアソン「あしたのまちHack」
廣瀬 すばらしい活動だと思います。
武田 「社会課題の解決を目指す」という意味で、社会人が参加する場は構築されつつあるものの、“学生”が参加できる場が少ない。そうした意義もこの活動には含まれています。
廣瀬 社会人にしても学生にしても、“役割”と“居場所”があると自分らしさを発揮できるようです。その点でとても効果があると思います。誰でも「自分はこれがやりたい!」と、もやっとしたものを持っているけど、途中で迷ったり思いが高まらなかったりすることで、最初の一歩で終わってしまう。役割や居場所があることで「今度はこういうのをやってみよう」「仲間を集めよう」と次の展開につながり“想い”がどんどん膨らんでいくと思います。
佐々木 一方で、地域に特化した類似の事例といえば、自治体が産官学民の連携スキームをつくった高知県での「仕事創造アイデアソン」もありました。私はここでもアイデアソンのファシリテーターを務めましたが、高知の人たちからは「先行事例がなくても、まずはやってみよう」というマインドを感じました。
廣瀬 たしかに地方の市民協働の活動では、そうしたマインドを感じることが多いですね。社会起業家のように、社会課題を解決しよう、社会変革を起こそう、とする人たちに共通するのは、理想は高いけれども、実際にコトをはじめるときは小さくはじめて、試行錯誤(トライ・アンド・エラー)を繰り返していく、という点です。まずはやってみて、失敗から学び、修正していくわけです。
高知県といえば、日高村のNPO法人「日高わのわ会」がとても元気です。地元のママさんたちに働く場所を提供していて、子育て経験のあるママならチャイルドルームで働いたり、料理が得意なママならお弁当をつくって高齢者に配ったり、それぞれ空いている時間に自分のできることをするというしくみです。そうした循環をつくって、ちょっとずつ仕事を増やしていった。最近は、村の名産「シュガートマト」の産業振興にも力を入れています。
社員の内発的動機を高める
武田 アイデアソンやハッカソン、もしくは、NPOを交えた市民協働の場が増えることで、学生、高齢者、主婦など、非常に多様な人が集まりやすくなりました。さまざまなレイヤーの人が協働して、社会課題に取り組むハードルが下がっているのかもしれません。ではその一方で、民間企業における活動はどうでしょうか? マイケル・E・ポーターが提唱するCSV(共有価値の創造)を背景に、企業主体の社会課題解決の取り組みは、国内でも徐々に見聞きするようになりましたが、まだまだ社会的なインパクトが起きているとは言いがたいようにも感じます。
廣瀬 まさに、「社会課題は誰が解決するのか」という問いの本質部分ですね。過去に企業が行ってきた社会貢献活動は、社会課題の解決が目的ではありませんでした。2000年ごろの企業の不祥事を背景に、企業の社会的責任(CSR)が注目されはじめましたが、ガバナンスやコンプライアンスなどが主目的で、やはり社会課題の解決は二の次でした。
一方で、同じ2000年ごろからは、NPO法(特定非営利活動促進法)の施行や改正 などの後押しもあって、NPO法人が社会的課題を解決する、という動きも出てき ましたが、社会課題を解決する大きな力にはなかなかなりにくいという現実もあります。
とはいえ、2000年以降は着実に「社会課題の解決」への注目は高まってきていたのですが、そこに3.11東日本大震災が起きました。これを境に、企業も個人も社会のために何かをしたい、しなければ、という機運が一気に高まったものと思います。ヤマト運輸やローソンなどの例にもあるように、企業内の個人の思いが先にあって、組織を動かし、変えていくという流れが多いように思います。
浜田 社内活性を目的にした取り組みですが、組織に属するイチ社員がモチベーションを持って創発的な場を設けているという意味では、やはり「One Panasonic」が印象深いですね。いちばん印象的だったのは、これがあくまで業務外の活動であり、実際にお金もいっさいもらっていないこと。そのなかで会の代表の濱松誠さんがおっしゃっていたのは「業務外の有志団体で推進しているからこその強さがある」。
あしたのコミュニティーラボ編集部 浜田 順子
武田 過去にあしたラボでも取り上げた、全日本空輸(ANA)の「Blue Wingプログラム」を立ち上げられた深堀昂さんも同じようなことをおっしゃってました。社内有志が想いをもってはじめた活動であるがゆえ、苦労も多々あったそうですが、もし仕事としてやるとなったら、「果たして想いを持って続けられるのか?」といつも自分に問いかけていたそうです。
廣瀬 「時間外だからできる」「報酬があったらできない」というのはとても示唆に富んでいる話だと思います。つまりは、内発的動機で動くか、外発的動機で動くか。「アンダーマイニング効果」という現象があるのですが、もともと「ヒトの役に立ちたい」というような内発的動機でやっていたコトに、報酬というような外発的動機づけを行うと、動機が無意識に置き換わってしまって、報酬をもらえないならやらない、という考えになってしまう。そうなることを見越して、報酬をもらわないとも言えますね。欧米はどちらかといえば報酬を与えたら動く刺激反応型なのですが「そればかりでうまくいくのか」というのが日本人的な考え方だと思います。人を突き動かすには、やはり思いや信念などが必要。お金をもらったらやらされ感が出て行き詰まるのは、私にも経験があります(笑)。
自分ごと化はボールの渡し方次第
武田 実は、今年取材をさせていただいた、ソーシャルベンチャー・パートナーズの井上英之さんからも同じようなご意見をいただきました。会社に命じられるばかりの仕事をしていると、その状態からイノベーションは起きないし、共感とか愛着とは異なるベクトルで動くことになるそうです。結果、“私”と“仕事”と“世のなか”がうまくリンクせず、イノベーションが起きない……。思えばスティーブ・ジョブズも、世のなかにこういうものを残したいという思いがあったから、数々のプロダクトを追求していけたのではないか、と。
佐々木 でも、会社から命じられた“仕事”が決して悪いわけではないと思う。現に、これまでに挙がった事例には、会社に命じられてはじまった“仕事”もいくつかあります。イノベーションが起きにくい理由の1つには、企業に勤めている従業員が、自ら“仕事”の範囲を狭めているということがあるのかもしれません。仕事は「与えられるもの」「業務」、あるいは「仕方なくやるもの」というイメージがあるかもしれませんが、会社に所属しながら必要性を感じて自発的にはじめることも、本来すべて“仕事”です。こうした仕事観が、あたりまえの世のなかになってほしい。そのカギは、やはり「仕事を自分ごと化できるかどうか」ではないでしょうか。
最近、「自分ごと化」は、ふつう個人からは縁遠く感じる社会課題に取り組むにあたって、非常に重要なキーワードだと思うようになりました。私もコンサルタントとして新規事業を企画する企業と話をしますが、うまくいっているのは得てして漠然と仕事を与えられているケースです。「とにかく新しいことをやれ」としか言われていない。でもそういうときほどうまくいく。たとえば「○○市場の○○を使ったサービスで新規事業をやれ」など領域を定められると自分ごと化ができず、チームが成長しない。ボールの渡し方も重要だと思いました。
浜田 大学生とのアイデアソンも「自分ごと化」で考えてもらうことを常に意識して設計しました。実際にやってみて、自分ごとで考えてもらうことで人はこんなにもいきいきとするのか、という驚きもありました。アイデアソンには社会人も参加してもらったのですが、私も含め社会人は顧客の答えを探して仕事をする場面が多いので、自分が本当にやりたいこと=自分ごとをつくることが苦手。でもそれを見つけることで、その先の仕事のスタイル変革にもつながるのだと感じました
結局、社会課題は誰が解決するのか?
武田 今日は社会課題に対するアクションを起こすための、担い手のモチベーションやマインドセット、という観点からお話をしてきました。最後に、特集のタイトルにもなっている「社会課題は誰が解決するのか?」という問いは、なかなかひと言で答えられるものではないかもしれませんが、廣瀬先生はどのようなご意見をお持ちでしょうか?
廣瀬 私が師事した野中郁次郎先生が指摘されていたのは、本田宗一郎にしても松下幸之助にしても、彼らは「社会のために何かをしたい」という思いから事業をスタートさせているという点です。「誰かのために何かをしたい」という思いが起点にあると、強いのだと思います。しかし日本では1990年代に欧米流の経営手法の影響を受けて、そうしたものが忘れ去られ、ある種、結果至上主義の経営に変わってきました。
21世紀に入って多くの社会課題が表面化するなかで、もう一度「社会のために」という思いに立ち返ってもいいのではないか、と思います。企業が本業で社会に貢献するのは、あたりまえのこと。企業も社会の一員ですし、企業で働く人もそれぞれが社会の一員なんです。「社会」という場で、企業と人の役割を分けることなんてできないのだと思います。
だから「誰が解決するのか?」に対して、とりあえず有り体に答えるならば「みんなで」、というのが私の答え。社会のなかでそれぞれの役割と居場所を見つけ、自分のできることをやっていくのがこれからのスタイルになるのではないでしょうか。
武田 想いを持った人たちが連携し、課題の解決に取り組む。課題に取り組むなかで、それぞれの役割や居場所を見つけ、チャレンジを繰り返す文化をつくっていく。そのようなことを通じて、社会課題は解決されていくのかもしれませんね。また、お話を伺っていて、企業の従業員という立場であったとしても、目の前の仕事を“自分ごと”として受け取り直してみることで新たな可能性が見えてくるのかもしれないと感じました。本日はみなさん、ありがとうございました。
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